2015年1月4日日曜日

2014年5月20日火曜日

MV/白波多カミン「くだもの」

シンガーソングライター白波多カミンさん「くだもの」のMusic Videoを作らせて頂きました。
本人と楽曲と素晴らしい出会いに感謝。作ることができて本当によかったです。
シーンを積み重ねていった先に見えるものはなんだろうか。というのはよく思いながら作ります。
御覧あそばせくださいませ!


2014年1月23日木曜日

蓮沼執太フィル /works

蓮沼執太フィル「ZERO CONCERTO」のMVに撮影で参加しました。
シンプルかつ大胆な演出に大人数が泣く、「大芝居をうつ」という気持ちよさが終始大団円の面白さと美しさのあるMVです。ご覧あそばせ。



http://youtu.be/ODRhk2662MU

2013年8月8日木曜日

Works



TOKYOのファッションブランド IamIとBOYGALの2013秋冬コレクションのムービーを作らせて頂きました。
IamI、BOYGALのお洋服はデザインに物語があってとても楽しく作ることが出来ました。
オススメのお洋服!

こちらのサイトの一番上2つのムービーです。ご覧くださいませ。




2013年5月1日水曜日

シ的映画上映会


























2013年5月18,19日に栃木県栃木市で行われる「栃木 蔵の街かど映画祭太平山麓あーと展in蔵の街 vol.3」という展示会にて栃木で撮影した4作品を上映して頂く事になりました。



蔵の街かど映画祭は辻仁成がゲストということでミポリンのていで新しい靴を買わなきゃ。WAKUWAKUさせてよ!ということで、地元で自分の作品を上映する日が来るなんて想像していなかった未来でした。

多摩美術大学映像演劇学科の先輩で栃木在住の作家・川田夏実さんにディレクションしてもらい、2人の「シ的映画上映会〜とちぎ在住2人による詩的で私的な映画上映」と題して、川田さんの詩的作品「父」と、私の大学時代に栃木で作った私的なセルフドキュメンタリーでお届けします。
何年も前の作品なので、気恥ずかしさはありますが、あの時にしか撮れないシーンがたくさんつまった作品です。
栃木近辺の方はぜひいらしてくださいませ。


シ的映画上映会〜とちぎ在住2人による詩的で私的な映画上映

2013 5/18(土)
11:15 「父」川田夏実(40分)
11:55  アフタートーク

13:00 「ラブ!ミー!テンダー!」小林由美子(29分)
13:30  アフタートーク

14:00 「新作」小林由美子(10分)
14:15 「もぎゅん と、ス」(11分)
14:30  アフタートーク

15:20 「父」川田夏実(40分)
16:00 終了


2013 5/19(日) ※19日は川田夏実の上映はありません
11:15 「ラブ!ミー!テンダー!」小林由美子(29分)
11:45 「新作」〃(10分)
12:00 「正太郎」〃(16分)

14:20 「みんなのうた」〃(39分)
15:00 終了



作品概要

「ラブ!ミー!テンダー!」
8mm、16mm、DV/カラー/29
出演:小林芳治、小林トク子


ジャニーズの追っかけをして少年に無償の愛を捧げる娘、田舎で朝から晩まで働く父と母。末っ子の私は家を継げないから、かわりにカメラをまわし続ける。撮り続けたテープを見返したら、いつも家族ばかり撮っていた。ハードディスクの中の映像を再生して再撮して、フィルムもデジタルも過去も今も現実も願望もいっしょくたんにしてもわかんないくらい変わらない。アイドルの追っかけをしているダメな娘は、一生娘でいたいんです。

セルフドキュメンタリー映画です。この作品は撮影自体は3年分の撮影や過去の作品をフィルムもデジタルも過去も今もごちゃまぜにしてミックスしました。
それはとても必然的で、2011年にできあがりました。
ずっと家族としきたりと、子供の頃からいつも泣いて歩いていた道と田んぼと用水路、冬にはどんど焼きを撮るくらいで、
というか、そればかり撮っていて、何年かたって見返したら、田舎の変わらない風景はいつ撮影したかわかんないくらいかわらなくて、私もかわんなくて、まぜてもわからない。
ずっと家族ばかり撮って、嫌な思いもさせ、私はカメラは暴力だ、人の生活にずかずか踏み込んで、言いたくないことを言わせたり、それを自分の作品ですってみんなの人生を使ってる気がして、なんて傲慢なんだろうと自己嫌悪で撮影できなくなってしまった。
だから、自分を撮ろう、自分ならいくらでも傷ついていいし、誰にも迷惑かけないっておもったけど、撮っているうちに自分のことも守りたくなって。
そんな撮影できない状況で、パソコンの液晶越しに、昔の風景や家族をみていたら、それをまた撮影していた。
液晶を見つめて切り撮った映像をまたみつめだして、その中でも、追う動きがあって、たまに編集ソフトのガイドが見え隠れするけど、それは今で、かぎかっこの中にまたかぎかっこがあって、私はまたかぎかっこになるんだけど、たくさんの懺悔と、でもやっぱり作りたいっていう自我と、私が唯一出来る愛情表現が粒子状になって焼き付いていく。痛いくらいの一人称。

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「みんなのうた」
ビデオ/カラー/39


ただひたすらに半径100mを紡ぎました。いつもみていた風景、田舎の寒い冬。古い工場。朝から働く父。結婚したくなかった母。空気はつんと張りつめて、白い息。
いつもは何か解決したくて、どうにかしたくて作品を作っていたりするのですが、「みんなのうた」はただひたすらに そこにある風景と気分と向き合いました。
ただひたすらにゆっくりと風景をみつめた作品で、これが撮影時にかなり苦戦しました。
カメラと風景に誠実に、そう思うと、記号的な構造って目には見えやすいから、きれいーと思って構図をさぐって撮影するも、それってその絵だけなら美してすばらしいのだけど、映像はただ映像じゃなくて。美しい絵作りなんてしてもしょうがないなとか、そこにある気持ちも気分も記号的に集約したら台無しな気がして。
でも、ひたすらに空が広くてきれいとか、工場の直線がかっこいいとか、緑が目に優しいとかそれもぐっと気持ちに入ってくる。
そしたら、自分が表にたって体はっての撮影よりもよっぽど恥ずかしい、素直なものになりました。
かわってないようでちょびっとかわってる風景と、かわってないようでやっぱりかわってしまった私が撮れるもの。

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「正太郎」
16mm/16分

廃れていく農家の跡取り問題。空っぽになってしまう家を繋ぎとめたくて、兄に電話をしてみたけれど何も言い出せずに電話を切ってしまう。
そういうわけで、お婿さん探しにいくことにした。
倒錯した性癖を抱えて青空と水田の中を純白のウエディングドレスで駆け巡る。


2012年12月21日金曜日

快快 (FAIFAI)『Y時のはなし・イン・児童館』【予告編】

下書きのまま放置されていたのを今さらですがアップします。
アーティスト・イン・児童館の快快プロジェクトの映像を作りました。
私も子ども達との8mm映画を作るワークショップや、学童保育で働いていたので感じる事、思い出した事、「Y時のはなし」が自分の体験としてありました。



小学校に併設されている学童保育、BOPで2年ほど働いていました。
放課後、親が迎えにくるまで遊び相手になったり怪我をしないように見守ります。
私は小学生くらいの背丈なので子どもが入っちゃ行けないところにいると、他の学童の先生に子どもに間違われてよく怒られました。
子どもと付き合っていくうちに今の経験が人格形成に大きな影響がある、立派な子にしてあげたい!と、「教育」というものを考えすぎて、しかりすぎてしまったり、少しの事でもきつく怒ったり、というか私がこんな教育の現場にいていいのか?と、子ども達への対応で自分が見えてくることが多々ありました。

そこで、一番忘れられない、忘れることのない子がいます。「Y時のはなし」のような。
あると君という小学2年生の男の子。周りの子に比べると体が大きくて、色白でちょっと髪が長くて刃がかわいい、かっこいい男の子だった。いつもはニコニコしてるけどすぐに機嫌が悪くなって暴れたり、元気がありあまっている。ちょっと怒るとパンチしたり突き飛ばしたりするんだけれども、小さい私には受けとめきれない時もあって、どう付き合っていけばいいのか、なかなか手の焼く子でした。
彼は特定の誰かとずっと一緒に遊ぶというよりは、ふらふらっと来て遊び相手をみつけてそこに入ったり、自分がやりたい事を誘ってきて、一緒に遊んだりという感じでした。
私が女の子と遊んでるとするっと入ってきて、つまらなくなると私に一緒にあれで遊ぼう!って言い出す、すると女の子はこっちが先だったの!と言いあう、彼にもう少しまっててね、と言うと、だだこねて怒りだす。たまに怒りがなかなかおさまらなくてどうしようもなくなったりする。
その時の私は男の先生と同じことが出来るようにしなくちゃいけないって思っていて、男の先生と同じようにぐるぐる回してあげたり、全速力で鬼ごっこに、サッカーに、気力だけで走って。だから、彼も男の子の遊びが一緒に出来て嬉しかったのかもしれない。
大概、女の子達にゆみちゃんこれやろうって誘われて一緒に遊んで、そうすると彼は他の事がしたいから、あっちに行こうって言い出す、それで子ども達で揉めだして、やいやいの。それをおさめるのがまあ一苦労。
今思うと、彼は2人だけで遊びたがる事が多かった気がする。
独り占めしたい、自分だけをみて、自分だけの言う事に耳を傾けて欲しかったのかな。
でも、仕事だから1人だけを相手にしていられない、なるべく皆で遊びように子ども達をまとめたり、怪我をしないように色んなグループを見て回ったりしなきゃいけないから、そんなんで彼に悲しい思いをさせてしまう時もあった。

ある時、急に彼が「来週、僕のうちに遊びにきてよ!」って言いだした。こんな末端の学童のスタッフが個人的に特定の児童と仲良くするのもよくないだろう、彼の親も知らないし、それは難しいなーと思って、「うーん、来週は無理だから今度ね」と何気なく返事をしたら、「えーきてよーおねがいー」って繰り返すので、なんでだろうと思っていたら、
2週間後に彼は転校していた。親の離婚だった。
あの時はいつもの独り占めしたい気持ちでただ遊びにきてって、言っているだけだと思った。だって、引っ越すなんて一言も言っていなかったから。

何だよ、言えよばかって思ったよ。
最後に、自分の家に来て欲しかったのかな。暮らしていた自分の家に、いなくなってしまう前に、私に見せたいと思ってくれたのかもしれない。
どうして子どもって、こんなにけなげで、さみしがりやで、つよがりなんだろう。
言ってしまったら、私がさみしいって言うから。親の都合で自分の居場所が変わる事を認められなかったのかもしれない。口にしない事が、彼の小さな抵抗だったのかもしれない。言葉にしたら、いなくなることを実感してしまう。


私に「さよなら」って言わなかった彼、本能的にそうしたんだと思った。
小学二年生の男の子の本能が言わせなかった。

なんてかっこいい男なんだろう。